2020年3月10日以降の特許出願は、出願から5年後または審査請求から3年後のいずれか遅い日(基準日)を超えた後に特許されたときは、その基準日よりオーバーした日数分から一部控除した日数だけ、特許権の存続期間を出願日から20年という限界を超えて延長することができます。
ただし、期間補償を受けるためには、特許権設定登録の日から3月を経過する日までの期間以内に「延長登録の出願」をしなければなりません。
1.はじめに・特許権に終わりがある理由
発明で特許を取るには、発明の内容を記載した書類を提出して特許庁に出願します。この書類は一年半が経過した後に公開されます。
また、特許を取得したら、このような特許が成立したということを世の中に公開する公報が発行されます。
特許制度の目的は、こうやって新しい技術を公開させることにあります。そうして公開された技術を次の技術の基礎として、技術革新に繋げるためです。ですが何のメリットもなしに自分の技術を公開しようとする人はほとんどいません。そのため、新しい技術を公開する者に対する褒美として、一定期間に限ってその技術を独占できる機会を与えることにしました。それが特許権です。
特許権を有する者は、特許権を持っている間は、その技術を独占的に実施することができます。許可を得ていない人がその技術を実施していたら、実施行為の差し止めを求めることもできます。独占排他権という強い権利です。逆に、実施しようとする人にライセンス(実施権)を与えて、ライセンス料を受け取ることもできます。
しかし、技術を永遠に独占されると、他の人がその技術を使って技術革新を進めることができなくなります。ですから、特許権は必ずどこかで消滅させなければなりません。かといって、特許権で技術を守ることができる独占期間が短いと、公開されることになる特許出願をしないで秘密にした方がいい、という人が多くなり、発明が出願されなくなり、技術が公開されなくなってしまいます。
こうした独占のメリットとデメリットのバランスをとるため、国際条約において特許権の保護期間は出願日から20年が経過する前に終了してはいけないと決められています(TRIPS協定33条)。一方で、条約では期間を長くする分には特に決まりがなく、各国が産業の状況に合わせて自由に期間を延ばすことが可能になっています。
我が国では特許権は原則として出願日から20年で消滅します(特許法第67条第1項)。もちろん、それより前に放棄することもできますが、特許料を特許庁に払い続けていても、出願日から20年経過すると特許権は消滅し、その発明は他人が自由に実施できるようになります。例えば、今流行りの3Dプリンタの基礎技術は30年ほど前の発明ですが、2009年に基本となる特許権が切れるまで他社が容易に手が出せませんでした。特許権が切れるとともに各社が一斉にその技術を使った3Dプリンタを発売するようになり、現在のようなブームとなっています。
2.薬事法等による、特許発明が実施できない期間の補償制度
出願日から20年の間、ずっと独占的に特許発明を実施できることはありません。例えば、薬の特許権を持っていても、薬事法における認可が下りないと薬の販売ができないということもありえます。臨床試験などに時間がかかると、独占的に薬を販売できる特許権の保護期間がほとんど残っていない、という場合もあるのです。これでは発明した企業が開発費用を回収できず、次の技術開発ができなくなってしまいます。そのため、救済措置として、薬事法などの制限によって特許発明を実施できない期間があった場合には、その分の期間を最大5年間まで延長できるという制度があります(改正特許法第67条第4項・旧特許法第67条第2項)。20年間実施できなかったからといって、さらに20年間延長されるわけではありません。古い技術がいつまでも残っていると第三者が実施できないことによる社会的なデメリットが大きくなりすぎるので、延長されるとしても最大で5年と区切られています。
3.TPPによる新たな期間補償制度
出願した発明の審査を請求しても、すぐには審査結果が来るわけではありません。時期や分野にもよりますが、審査請求をしてから最初の通知が来るまで一年ほどかかることは珍しくはありません。通知が何度もされたり、審判や裁判などが請求されると、出願が確定するまでに年単位の時間がかかることもあります。これは、出願人にとって無視できない不利益となります。アメリカでは審査の手続きにおいて米国特許庁の不履行のために審査等が遅延した場合には、その分の期間を保証し延長する制度がありました(米国特許法第154条(b))。我が国でもTPP11(環太平洋パートナーシップ協定)の発効に伴い、国際的に保証されつつあるこの存続期間の保証制度が定められました。途中アメリカがTPP12から脱退しましたが、定められた仕組みはそのまま使われることになりました(TPP11第十八・46条)。
4.期間補償制度の対象
2020年3月10日以降の特許出願が対象です。それ以前にすでに出願されている特許出願は対象になりません。
<環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律>附則第2条第2項に「施行日又は環太平洋パートナーシップ協定が署名された日から二年を経過した日のいずれか遅い日以前にした特許出願に係る特許権の存続期間の延長については、新特許法の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と書かれています。
ここで、施行日とは「環太平洋パートナーシップ協定が日本国について効力を生ずる日」である発効日にあたります(同附則第1条柱書)。これは2018年12月30日です。一方、「環太平洋パートナーシップ協定が署名された日」は2018年3月9日未明(チリ現地時間8日午後)であり、それから二年を経過した日は2020年3月9日です。後者の方が遅いので、いずれか遅い日である2020年3月9日以前にした特許出願は「なお従前の例による」となり、この改正法の対象外となります。つまり、2020年3月10日以降の特許出願が、この期間補償制度の対象となります。
また、期間補償をするからには、それだけ登録までに時間がかかった特許出願のみが対象です。特許権の設定登録まで、出願から5年以上、または審査請求から3年以上かかった場合に延長の対象となります(特許法第67条第2項)。
実際に審査にかかる時間がどの程度かといいますと、2018年度時点で、審査請求から最初の拒絶理由通知までの期間は平均9.3か月、審査請求から権利化までの期間は平均14.1か月となっています(特許行政年次報告書2019年版より)。
例えば、出願から審査請求期限である3年に近いタイミングで審査請求した場合であって、例外的に3回以上の拒絶理由通知を受けたような場合に、審査請求から2年程度が経過して本制度の対象となる可能性があるくらいでしょう。
5.延長できる期間
補償制度によって延長できる期間は、「特許出願の日から起算して5年を経過した日」又は「出願審査の請求があった日から起算して3年を経過した日」のいずれか遅い日(以下「基準日」という。)から、登録の日までの期間が最大となります(特許法第67条第3項)。さらに、基準日から登録の日までの期間から、所定の条件の期間を控除(つまり、延長できる期間は短くなります)した期間が、実際に延長可能な期間となります。
なお、分割出願や変更出願、実用新案登録に基づく特許出願、先願参照出願などの場合は、実体的要件が満たされている場合には、原出願など、元の出願の日が基準日となります。
一方、国内優先権主張出願の場合は、優先日ではなく後の出願日が基準日となります。このため、過去一年以内にした出願ならば、優先権主張出願をすることでこの期間補償制度の対象にすることも可能です。
控除される期間(延長される補償期間をマイナスする分)は、基本的には期間が延びたことについて特許庁に責任がない期間です。拒絶理由通知の応答期間は控除される期間に入りませんが(特許法第67条第3項第1号かっこ書き)、期間延長した分は控除される期間に入ります(同項第2号)。これは延長した分については出願人に責任があると考えられるのでしょう。
また、拒絶査定不服審判、及びその審決取消訴訟にかかった時間も控除されます(同項第7号)。このため、通りそうにない請求項を補正で追加して審判で拒絶理由通知を受けてこれを削除し権利終了期間を引きのばす、といった悪用はできません。
なお、複数の状況による控除期間が重複した場合は、期間を合算した期間から、重複した分を除いて計算します(特許法第67条第3項柱書かっこ書き)
6.期間補償を受けるためにすること
期間補償を受けるためには、特許権の設定登録の日から3月を経過する日までの期間以内に「延長登録の出願」をしなければなりません(特許法第67条の2第3項)。元の特許出願が共同出願の場合は、共有者と共同で延長登録の出願をする必要があります(同条第4項)。
出願日から20年の期間が終了したときに延長出願をするわけではない点に注意が必要です。権利満了の間際になって「この特許はまだ儲かるから、審査で時間かかった分を補償してもらって延長したい」と思ってもできないのです。特許権が成立した段階で、十数年後もなお存続させておくべき価値があると判断される特許技術に対してのみ請求をすることになります。場合によっては期間補償してもらっても、期間満了を待たずに「やっぱり要らなくなった」として途中で破棄することもあるでしょう。
<参考>
TPP11の条文より
(第十八・46条・特許を与える当局の不合理な遅延についての特許期間の調整)
3 締約国は、自国における特許の付与において不合理な遅延がある場合には、当該遅延について補償するために特許期間を調整するための手段を定め、及び特許権者の要請があるときは当該遅延について補償するために特許期間を調整する
4 この条の規定の適用上、不合理な遅延には、少なくとも、締約国の領域において出願した日から五年又はその出願の審査の請求が行われた後三年のうちいずれか遅い方の時を経過した特許の付与の遅延を含む。締約国は、そのような遅延の決定において、特許を与える当局による特許出願の処理(注1)又は審査の間に生じたものではない期間、特許を与える当局が直接に責めに帰せられない(注2)期間及び特許出願人の責めに帰せられる期間を除外することができる